転がるイシあたま

医療系の雑談ブログです

パソコンで入力できないもの

 イギリスでは警察官は犯罪現場で被害者から情報を集めるのに、手帳を使っていました。気が動転した被害者をなだめ落ちつかせながら、加害者についての情報や犯罪の状況を、被害者が気づいていないところまで詳しく聞き出し、それを手帳にメモします。そのとき警察官は、基本的に被害者の顔を見つめ、字を書くときだけ視線を手帳に向けていました。ベテランが使う会話のテクニックは、まるで心理カウンセラーのようなものだったそうです。「自分のことを気遣ってくれている」「自分ときちんと向き合ってくれている」という信頼感を持てた場合、被害者は捜査に有益な情報を警察にもたらすことができていました。
 1990年代、その事情聴取のプロセスを電子化しようとする試みがありました。警察官が現場で手帳に書いた内容を、暑に戻ってから正式の書類にしたりあるいはパソコンに入力するのは二度手間ですから、最初から現場でノートパソコンに入力してしまおう、というわけです。そうすれば、時間の節約になりますし、情報の集約化と共有が効率的におこなわれることが期待できます。
 ところがこの試みは大失敗でした。
 事情聴取に当たる警察官は、これまでのように被害者に共感を示すために顔を見つめたり頷いたりするのではなくて、パソコン画面に視線がくぎ付け、さらにはそこに表示された「聞き出すべき項目」を順番に読んで空欄を埋めることに集中するようになったのです。被害者からは警察官のそういった態度は「自分を助けようとしている」のではなくて「自分たちに必要な情報だけを聞き出そうとしている」と見え、信頼関係は構築されなくなってしまいました。

参考図書:『ペーパーレス時代の紙の価値を知る ──読み書きメディアの認知科学』柴田博仁・大村賢悟 著、 産業能率大学出版部、2018年、2800円(税別)

 ここで私が思うのは、電子カルテのことです。「外来で医者がこっちの顔を見ず、パソコンの画面ばかり見ている」と不評の電子カルテですが、それでも容赦なく日本の医療の世界には「パソコン」が普及しています。もしかしたらその内に、外来診察はAIがモニターを通して行うようになるかもしれません。
 それで「情報」を集めることはできます。おそらく診断もつけることができるでしょう。だけど、QOLとか満足度は、どうなんでしょうねえ。本当に大切な「患者の訴え」に誰も耳を傾けていないわけですから。


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