転がるイシあたま

医療系の雑談ブログです

殴っても良い場合は?

 「「権力を使った暴力」体操女子・宮川選手が告発した体操協会“パワハラ”の背景」(めざましテレビ)

 なぜ「殴られた被害者」がやたらとテレビに出ているんだろう?と思っていたら「コーチは加害者ではない。体操協会が自分にパワハラをしていてそちらの被害者だ」という主張だそうです。たしかに「暴力コーチを罰する」と「言うことを聞かないとあなたの未来はなくなる」や「あなたはこちらのクラブに移りなさい」とは“別の話"ですよねえ。本人が「これでは練習にならない。困る」と言ったらそれに対して協会が提案をする、だったらあるでしょうが。ただ「一方の言い分」だけでは私は判断をしたくない、と考えます。勘違いや嘘が入っている可能性もありますので、できたらその時のやり取りの音声データを聞きたいな。

 ところで、「一方の言い分だけ」の点からは、殴ったコーチが記者会見をしているかどうかも知りたくなりました。「俺は殴っていない」とか「殴ったように見えるがあれは愛の笞だ」とか何らかの言い分(本人の「正義」)があるのではないか、と思うのですが。

 ところで、「言い分が“正し"ければ、殴っても良い」のだったら、たとえば私が「正しい言い分」を指導しても言うことを聞かない患者さんなら殴っても良い、ということになります?(私は「ならない」と思うのですが、「なる」と主張する人もこの世にはいそうですねえ)


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好きな言葉(16)

「そして時が満ちた。私はここにいる」

出典:『「国境なき医師団」を見に行く』いとうせいこう 著、 講談社、2017年、1850円(税別)

 世界各地で活動している「国境なき医師団(MSF)」には、医師や看護師だけではなくて、さまざまな職種の人が参加しています。本書の著者がハイチで出会ったカールという年配の人に「あなたはお医者さんではないの?」と尋ねたら「技術屋です」に続いてこんな返答がありました。

「60歳を越える頃から、ずっとMSFに参加したかった。そろそろ誰かの役に立つ頃だと思ったんですよ。そして時が満ちた。私はここにいる」

 本書には他にも「MSFに参加したいから、看護師になった」という人も紹介されています。「自分が何をしたいか」「何になりたいか」をきちんと「自分」で決めることができる人たちが、世界にはたくさんいるようです。そして、そういった人たち(「目の前にいる傷ついた人々をとにかく救いたい」人々)が働いている病院を「敵を救うのは敵の仲間だ」と爆撃して殺したい人たちも、世界にはたくさんいるようです(たとえば、2015年アフガニスタンのアメリカ軍、16年シリアのロシア軍かシリア軍)。世界には様々な人が満ちています。


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無線で操縦される

 私が子供時代、「動く玩具」は「レールの上を走る列車」「スロットカー」「電池で動く自動車や船」「模型飛行機(機体は竹ひごと紙でゴム紐を動力としてプロペラを回すもの)などでした。「Uコン」というエンジン付きの飛行機の玩具で、長いワイヤーをつけて自分のまわりをぶんぶん飛ばすものもありましたが、これは高かったし場所が必要なので私には縁がありませんでした。プラモデルの戦車などで、有線で操縦できるものもありましたが、それを子供時代の私たちは「リモコン」と呼んでいました。で、この世のどこかにある、という噂の、無線で操縦できるものが「ラジコン」でした。ラジコン飛行機を初めて見たのは大学生になってからで、ずいぶん贅沢な趣味に思えましたっけ。(現在の日本語だとたとえば「テレビのリモコン」は有線ではないですけどね)
 私が医学生の時は「統合失調症」はまだ「精神分裂病」と呼ばれていて、実習で病棟に入って聞かされた妄想には「自分はキリストの生まれ変わりだ」「自分は実は天皇だ」「実は大金持ちだ」「私はあなたの許嫁だ」などといったもののほかに「自分は宇宙からの電波で操縦されている」というものもありました。つまり「人間が誰か(何か)にラジコン操縦されている」というわけです。

 医者になってポケットベルを持ったら、文字通り私も「電波に操縦される」立場になってしまいました。どこにいて何をしていようと「ぴーぴー」鳴ったら即座に反応しなければならないわけですから。やがて携帯電話が普及すると、ますます「ラジコン操縦される」度合いが増したような気がします。昨日も「トイレで用を足している最中に電話がかかってきた」が午前と午後に2回連続。「さっきまで病棟にいただろ?」とぶつぶつ言いながら電話に出ますが、これって完全に「電波に操縦(支配)されている」わけですよね? ただし、これは妄想じゃないです。


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過剰ではない接待とは?

 昨日のNHK「クローズアップ現代+」で「官僚の“過剰接待” ~いま霞が関で何が~」をやってましたが、あきれましたね。東京医大と文科省の役人との間を取り持った霞が関の「ブローカー」(「参議院議員の政策顧問」を事務所の“許可"を取って名乗っている)が、料亭やら帰りのタクシーの中での会話をがっちり録音していたのです。録音の目的は? もちろん「将来、この官僚が出世したときに役立たせるための保険」でしょう。未来になって「無理なお願い」をしたとき「それまでの付き合い」で言うことを聞いてくれれば良し、聞いてくれなかったら「この録音を表に出すぞ」と脅せば良い、という目論見だったのでしょうね。しかし「越後屋、お主も悪よのう」「お代官様こそ」「ぐふふふふ(二重唱)」のやり取りをまさか「リアル」で聞くことになるとは思いませんでした。
 もちろんこのブローカーの懐に、それ以外の人(役人や政治家や民間のいわゆるお偉いさんたち)との録音やら証拠写真やらもどっちゃりあることは簡単に予想できます。
 しかしNHKはやたらと「過剰接待は問題」を連呼していましたが、過剰だろうが過剰でなかろうが、役人が接待を受けて喜んでいたり接待してくれた人の便宜を図るのは「政府が腐っている」証拠です。「よくないもの」を「利害関係者からの接待」に限定する理由もわかりません。露骨に「汚職」を持ちかけてくるわけ、ないでしょう? 「偽装」は当然するでしょうし、やろうと思えば「交換殺人」ならぬ「交換接待」だって可能です。つまり「利害があろうがなかろうが接待は問題」とした方が良い。もし「接待をされても何の問題もない」と主張するのだったら、その証拠として「情報公開」をしたら良いでしょう。たとえば「100円以上のやりとり」はすべて情報公開するの。「本当に問題がない」かどうかは「本人たち」ではなくて「その情報を見た人たち」が決めた方が「利害」がない分判断が公正に近づくでしょう。「秘密にしたい」のは、何か後ろ暗いのかな、と私は思いますが、違うのかな?


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七福神の副腎(14)内府は駆虫剤を内服中

 一生の第一章で一勝
 カタルを語る
 ここに無い船の個々のナイフね
 墓石を破壊したのは甲斐氏
 素裸の素肌か
 水稲を出納した膵島の水筒に水痘
 器用に起用した紀要に適用

 豆乳を投入
 高架の効果が降下
 持参薬は痔散薬
 十秒で重病
 重症の重商主義の手技
 灰燼に帰した怪人が期した海神
 この実は好みの木の実

 代将の代償の大小
 橋の端の土師の箸
 心肺が心配
 参事官が三時間
 「家ない」とは言えない
 排膿後、柝がよく鳴ったら肺の動きが良くなった
 右中間の宇宙観

 小臼歯と大臼歯が小休止と大休止
 正座した星座以下を製剤化
 女声の女性と女婿と女生徒が助成を助勢する
 男声の男性は弾性化して武断政治
 学園が食えん
 狐狸の凝りは懲り懲り
 前回は全快、次回は自壊

 添うように装用したら掻痒感
 選挙区の戦局で千曲選曲
 性差を精査
 葉状の洋上で養生
 舌下錠で舌禍状態
 その体験はその他意見
 小太りなこぶとり爺さん

 腰部に養分
 大動脈弓部は休部だい
 任されたら巻かされて負かされた
 威信ある医神の遺臣が異心で維新
 人造の腎臓
 甘草づめの肝臓
 大腿四頭筋は大体死闘禁止

 真摯な紳士の唇歯
 新式の神式
 新種の神酒
 新進の心身
 斟酌した新釈
 新車で深謝
 神州の信州に侵襲


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もしも群馬県でドクターヘリが“自爆"したら……

ヘリ事故「お粗末」防災訓練で清水市長」(上毛新聞)
》その「はるな」が中之条の山の中で墜落をしてしまったと。まあ、ある意味で、お粗末な話でありますが。防災をやる者が自分で自爆をしてしまうと。全くお粗末だと私、思いましたが。本当に残念なことでもありました。まあ、乗っていた方には、本当にお気の毒だったと思います。(【発言要旨】から引用)

 政治家としての“自爆発言"だなあ、というのが私の感想です。少なくとも私がそこの有権者だったら、次の選挙でこの人には投票しないでしょう。
 防災ヘリが墜落をしなければ、公的な場での挨拶という政治家としての“晴れ姿"を堪能できたのに“ケチをつけられた"気分だった、ということなのでしょうか(「自爆」「お粗末」という「感情的な言葉」を選択していることからの推測です)。人が死んだことよりも、自分の晴れ姿にケチをつけられたことの方が清水市長にとっては重要だった、ということなのでしょうね。
 分析的な立場からは、その気分はわからないではないです。ただし賛同も共感もしません。むしろ反感を感じますが。

 ところで、たとえばのいやな仮定の話ですが、もしも群馬県でドクターヘリが墜落したら「人命を救うべき人間が自分で自爆をしてしまうと。全くお粗末だと私、思いましたが」と述べるのかな?(確率的に、いつかは日本でもドクターヘリの墜落死亡事故は起きますし、その現場が群馬県であることも確率的にあり得ることです)


参考になるかもしれない当ブログの記事:
読書感想『フライトナース』」(2009年6月14日)
読書感想『ヘリコプター災害救助活動』」(2011年4月22日)
ドクターヘリの事故で出動するのはやはりドクターヘリ?」(2014年2月14日)
ドクターヘリの出動が年間2万件に」(2014年12月18日)

蛇足)ちなみに、ヘリコプター事故の予防のためには「効果的な予防策」をもっと徹底すること、と私は思っています。事故の原因を「整備不良」「天候不良」「操縦のミス」などのせいにするのではなくて、もう一段深く考えて、「整備不良をどうやって減らすか」「天候の急変をどうやって予測しヘリに伝えるか」「操縦技術をもっと上げるためにはどうしたらよいか」など、それぞれ具体的に対策を今から取った方が良いのではないか、と思っている、ということです。でないと、これまで事故で死んだ人が浮かばれません。

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きっぽ

 私が子供時代に使っていた方言の「きっぽ」は、日本共通語では……「小さな傷跡」とでもなるでしょう。私の体のあちこちには「きっぽ」がたくさんありますが、不思議なことに、ずいぶん昔のもの、子供時代のものもそのままの形で保存されています。
 万物は流転します。人体でも、分子や原子は次々入れ替わり続けています。それなのに「きっぽ」が残り続けている、ということは、あそこでは原子や分子の入れ替えはおこなわれていない、ということなのでしょうか。それならそれで良いのですが、「入れ替わるのが当たり前の人体」で「入れ替わりを禁止」するメカニズムとその管理体制はどうなっているのでしょう?
 それとも組織に「記憶力」があって、常に「昔と同じ形」を再現し続けているのかな? 脳味噌の方では「いつの傷だったっけ?」なんてことももうほとんど記憶してないんですけどね。



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学生の本分

 「学生の本分は?」と聞けばたぶん多くの人から条件反射的に「勉強!」と答が返ってくるでしょう。
 では「スポーツをする学生の本分は?」と聞いたらどうでしょう。スポーツをしているのは学生で、「学生の本分」は「勉強」なのだから「スポーツをする学生の本分」もまた「勉強」? それとも「スポーツと学業の両立」?
 だったらなんで東大野球部は東京六大学リーグで優勝できないんでしょうねえ?(*1) 有望な高校球児は「学生の本分」から逃げている? それとも「学生の本分」はそもそも「勉強」ではない?

参考(になるかもしれない)図書;
*1)『敗れても敗れても ──東大野球部「百年」の奮戦』門田隆将 著、 中央公論新社、2018年、1600円(税別)

 東京帝国大学の予科だった一高が日本の野球の草分けだった(野球創生期には日本での最強チームだった)ことから語り起こして、最後の官選沖縄県知事の島田叡さん(本土からの役人たちが次々沖縄から逃亡していたのに、昭和20年1月に大阪から赴任、県民を一人でも多く救うために奔走し6月に摩文仁で死亡)が東大野球部出身(東大が六大学リーグに加盟できた最大の貢献者)だったことなど、単に「弱小野球部」の暗黒の連敗地獄にだけ注目するのではない、ありきたりではないなかなかスケールの大きな「野球の本」です。

 話はちょっと変わりますが、「ありきたりではない」といえば、夏の甲子園大会での投手の酷使について、異義というか憂慮を示した記事(*2)があります。

*2)「金足農「投手の玉砕」を賞賛する甲子園の病 いったい誰のための高校野球なのか?」(広尾晃/東洋経済ONLINE)

 詳しくは記事を読んでください。ただ、この記事のデータを見ると、酷使された夏の甲子園優勝投手たちは、鳴り物入りでプロに入っても結局大成せずに苦闘し続ける人生を歩むことになっているようです(桑田投手でさえ173勝、松坂投手は113勝というのは意外でした。もちろんこれでも並みの成績ではありませんが、あんなすごい球を投げていたのだから本当はもっと上に行けたのでは?)。
 優れた球児は東大には行かない(行けない)、だけど甲子園で酷使されたらプロでの大成も望みにくい。「高校球児の本分」って、何なのでしょうねえ?


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おくのほそ道(25)平泉

 有名な「夏草や兵どもが夢の跡」が登場します。
 奥州藤原氏の屋敷のあとをたどるとどこも「国破れて山河あり」の状態で、芭蕉さんは「時のうつるまで泪を落し侍りぬ」とひたすらしんみりしています。ところが中尊寺を訪れて、芭蕉さんは困ってしまいます。だって金色堂は金ぴかのぴかぴか。

》七宝散うせて、珠の扉風にやぶれ、金(こがね)の柱霜雪に朽て、既(すでに)頽廃空虚の叢と成べきを、四面新に囲て、甍(いらか)を覆て風雨を凌(しのぐ)。

 ちゃんと廃墟になっていて欲しかった(なっているべきだった)のに、まわりを囲ってきちんと保存してあるではありませんか。現在でも写真(*)を見る限り、壁の内外に金箔が押され、見事な輝きです。江戸時代の覆屋は現在はコンクリート造りになっていますが。

*)『中尊寺と平泉をめぐる』菅野成寛 編、小学館、2018年、1300円(税別)

 この本では、平泉文化は京の文化の亜流ではなくて、奥州藤原氏が独自の解釈で仏教文化を取り入れて創り上げた、と主張しています。「金ぴか」も「極楽浄土(のイメージ)」を表現したものだそうです。実は奥州藤原氏の時代には奥州での砂金産出量は先細り傾向にあり、藤原氏は「金が余って余って仕方ないから金ぴかの建物を建造した」のではなくて「どんどん減りつつある貴重な金で自分たちの住居を飾ったりするのではなくて、篤い宗教心からお寺の方に回した」のが実情のようです。

 ともかく芭蕉さんは
》暫時(しばらく)千歳(せんざい)の記念(かたみ)とはなれり

つまり、金色堂は千年くらいは持つだろう(その後は廃墟になるだろう)との“期待"を「なれり」に込めて書き残しています。そして“とどめ"の句が「五月雨の振りのこしてや光堂」。すべてを腐らす五月雨がなぜかここは見逃したようだ、と、金色堂の美しさを讃えているようですが、「なんで腐らせなかったんだ」と恨み言を込めている句のようにも私には見えます。わびさびの観点からは「廃墟になっている」方が望ましいのでしょうけれどねえ、私としてはこの金ぴかの中にも宗教心や清浄な美を見て欲しかったな。
 ただ、中尊寺の金色堂と経堂は「兼て耳驚かしたる」と芭蕉さんがこの章に書いているように、世間での評判があまりに高いものだから、それをそのまま高く評価するのは「オリジナリティーが売り物の芸術家」としては避けたいところだったのかもしれません。芸術や創造とかかわる商売の人は、大変だなあ、とちょっと同情。


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歯科医院の安全対策(2)

 以前書いた「歯科医院の安全対策」(当ブログ2013年5月21日)の補足です。

 私が勤務する病院では、あちこちに救急カートが設置されています。どこで何が起きるかわかりませんからなるべく緊急蘇生など医学的に早く処置を始めた方がよいものは少しでも早く開始できるように、という目論見です。さすがに駐車場には置いてありませんがその場合には外来から持ち出すことになるでしょう(前々回の抜き打ち訓練ではそういう想定でした)。
 この前行きつけの歯医者で「ここには救急カートがあるのだろうか」とちょっと気になりました。人間が倒れる急病(たとえば脳卒中や心筋梗塞や、今の時期だったら熱中症など)は場所を選びませんから、歯科クリニックでも倒れる人は倒れるでしょう。また、歯科で起きやすい疾病もあります。たとえば「局所麻酔剤によるアナフィラキシーショック(*1)」「美容院脳卒中(スタンダール症候群)(*2)」などを私はすぐ思いつけます。

*1)「死語(114)ペニシリン・ショック」(当ブログ2010年10月5日)

*2)「仰ぎ見るとふらふらする」(当ブログ2018年3月23日)
仰ぎ見るとふらふらする(2)」(当ブログ2018年3月27日)

 厚生労働省も気にしているらしくて、15年前に「歯科医も救急の研修をしろ」と通達を出しています(*3)。

*3)「歯科医師の救命救急研修ガイドラインについて」(厚生労働省)

 ただこれを読むと、なんだか歯切れが悪い文章です。「医業は医師限定」と医師法で言ってしまっている以上、「救急処置も医業じゃないのか?」と誰かからいちゃもんをつけられるのを恐れて腰が引けている雰囲気ですが……誰かって誰なんだろう?救急処置は医療処置ではあるが、医業じゃないだろう?なんて疑問を私はぶつぶつ呟きます(もしも「医療処置」が医師限定となったら「子供の怪我を親が手当てする」も禁止されてしまうことになります。そんなことはないでしょう?)。
 私自身が「患者」として歯科を受診中に隣で誰かが倒れたら、それはもちろん「手伝いましょう」と言いますが、その時救急カートは使えるのかな? カートの中には何がどのくらい入っているのかな? 心配しすぎかもしれませんが、ちょっと気になります。心臓マッサージのような肉体労働以外きちんとした処置ができず救急車を呼ぶしかない、となったら、私はほとんど無能な医者になってしまうので。どんな環境でもそこでできるベストは尽くしますけどね。


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