転がるイシあたま

医療系の雑談ブログです

抗体陽性の人たち

 職場の職員検診のデータ処理が渋滞してしまって、その日に限って露骨に暇そうにしていた私に声がかかりました。いいですよ、とうっかり返事をしたら、“最終判定の下読み”をしてくれ、と私の担当分として約100人分の検診結果がどんと持ち込まれました。
 こんなにあるとは聞いてなかったぞ、とぶつぶつ言いながら紙をめくって内容をチェックしていると、若い世代(二十代から三十代)で「HBs抗体陽性」の人がやたらと目立つことに気づきました。
 HBs抗体とはB型肝炎ウイルスの検査名の一つです。ウイルスが体に侵入したらB型肝炎が発症することがありますが、体はウイルスに対して抗体を作ります。つまり抗体があるということはかつて抗原が体に入ったことがある、ということ。で、私がめくっていた紙の束には「HBs抗原陰性」「HBs抗体陽性」の人がぞろぞろと。「この職場には肝炎になってなおった人が多いのか?」と一瞬だけ考え、すぐに「ワクチンだ」と気づきました。B型肝炎に感染することを予防するためにワクチンを打っている人がこれだけ多い、ということなのでしょう。
 私も30年くらい前に、B型肝炎のワクチンを打ちましたが、当時のワクチンは力価が低く私の免疫力はすでに老化が始まっていたのか、残念ながら私は抗体陽性にはなれませんでした。それ以来「体液には直接触らない」をモットーに生きてきて、幸いこれまでに肝炎ウイルスの感染をすることはありませんでした。できたらこのまま抗体マイナスのままで無事に生きていきたいものです。


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複数の基準値

 検査結果を昔は「正常値」「正常範囲」で判断していましたが、今は「基準値」「基準範囲」です。ところがその値は範囲が、異なる場合があります。たとえば検査のやり方や機械が違うと数字が同じでも、片一方は「正常」で別の方は「正常範囲から逸脱」という場合があります。
 さらに、検査のやり方や機械が同じでも「正常だ」「いや、正常ではない」となる場合があります。わかりやすいのが、臨床と人間ドックでの「糖尿病のHbA1cの値」。
 この検査は、3年くらい前に「日本の検査方法(JDS)」が「国際標準(NGSP)」に変更され、それまでの「基準範囲は5.8%まで」が「6.2%まで」に改められました。0.4を足すだけだから臨床現場ではそれほど困らなかったのですが、ややこしいのは、日本人間ドック学会では「将来、脳・心血管疾患を発症する可能性を考慮した基準範囲」を設定していて、それが私たち臨床医が用いている基準範囲と異なっていることです(*)。

*)「検査表の見かた」(日本人間ドック学会)
 HbA1C(NGSP)は「基準範囲 5.5以下」「要注意 5.6〜6.4」「異常 6.5以上」となっています。

 ということは、人間ドックで「要注意」と言われて慌てて医者にかかったら「なんだ、5.7じゃないか。これはまったく正常範囲ですよ」とあっさり言われて「なんだ、あの人間ドックは」ということになる人が出かねない、ということに。これは臨床側としても、「人間ドックの基準範囲」をきちんと把握して外来患者さんに対応する必要がありそうです。しかし、なんと説明したら良いんでしょうねえ。



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卒業証書の行方

 女子中学生を大学生が2年間拉致監禁をしていた事件、なんだかとっても奇妙な匂いがする事件です。恐怖心で何もできないくらい無理矢理脅しつけていたにしても、あるいはある程度の合意があったのにしても、そのどちらでも、壁の薄いマンションで周囲にまったく気配を感じさせずに二人で暮らしていた、というのがまず不思議です。
 大学は「卒業を取り消す」と言っているそうです。在学中の不祥事によって卒業資格を取り消す、という規定があるのだったらその規定通りに動けば良いでしょう。私が気になるのは、女子中学生の方。彼女には卒業証書がすでに用意されているそうですが、彼女は義務教育を完了していないでしょ? そのまま卒業させて、良いんです? 補習くらいしておかないと、これからの人生がさらに厳しくなりません?

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バリウムでいっぱいの大腸

 大腸の検査、ですぐ思うのは、大腸内視鏡検査とバリウムを使う注腸検査です。注腸検査の場合、肛門からバリウムを注入します。口から飲んだら、胃や小腸も写るし、いつ大腸に届くかも予測できないからです。ところが私は以前、「口からの注腸」を見たことがあります。

 いつもの、実際にあった話をフィクション化したものです。

 αさんは集団検診で、胃透視検査を受けました。ところが、ふだんならバリウムを飲んで翌日には白い便が出るのに、なかなか出てきません。ふだんは便は軟便気味だからバリウムを出すのに苦労をしたことはないのに、なぜか1週間過ぎてもバリウムが出てきません。それどころか、便そのものも出てきません。少しずつお腹が張ってきて、ついに腹痛が。これはまずい、と医者にかかりました。
 医者の方も「かちかちになったバリウムの塊がどこか(たぶん大腸の曲がり角)に引っかかったんだろう
」と考えながらお腹のレントゲンを撮影。すると、S字結腸から盲腸まで、大腸がまるまる真っ白に写ったのです。大腸全部がバリウムの腸詰め状態。立位の写真では下行結腸と上行結腸に「水面(ニボー)」が写ります。要は腸閉塞状態です。ただ、水面があるということは、バリウムはかちかちになっているのではなくてまだ液状です。だったら、なぜ出ません?
 おそらく下の方で塊が引っかかっているのでしょう。ならば、指で探ってもし塊を触ったら掘り出す摘便、それから強制的に下に送り出す浣腸、ということを考えつきます。ところがどちらも空振りでした。仕方がないのでαさんは、消化器内科の専門医を受診することになってしまいました。もしかしたら手術になるかもしれない、という嫌な予想も感じながら。
 私もそのレントゲン写真を見せてもらいましたが、本当にぎっしりと大腸にバリウムが詰まっていて、圧がかかったせいでしょう、虫垂にまでバリウムが入り込んでいました。少なくとも見える範囲に大きな大腸癌はなさそうだったのが、せめてもの慰め、と言えるでしょうか。もともとは胃の検査で、大腸について何かを言いたかったわけではないのですが。


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百人一首連想(74)源俊頼朝臣

「憂かりける 人を初瀬の 山おろしよ 激しかれとは 祈らぬものを」源俊頼朝臣

 73番と「山」繋がりです。
 73番は「霞よ、立たないでくれ」ですが、こちらは「山おろしよ、激しく吹かないでくれ」です。あら、こちらもなんとなくつながっていますね。
 「初瀬」は現在の奈良県桜井市。初瀬山には(源氏物語や更級日記にも登場する)長谷寺があります。冬に山を下る北風は非常に厳しいそうで、その厳しい「山おろし」を人の冷たさに真っ直ぐにたとえているのが、私には強い印象を残します。言葉の技巧の限りを尽くした歌も楽しいものですが、このように人の心情に真っ直ぐ切り込んでくる歌の力も私は好きです。
 作者の源俊頼は、爽やかな秋風を詠った71番の作者、大納言経信の息子で、これから出てくる85番の作者、俊恵法師の父親です。71番と74番の「風」の趣のあまりの違いに私は頭がクラクラしそうですが、85番は恋の歌ですから、これまた全然趣が違ってまたまた頭がクラクラしそうです。こんな私を見て篇者の定家はにやりとしているかな?

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診断書の目的

 特殊な免許、たとえば調理師や船舶免許を取得するときには、特殊な診断書が必要になります。そこで特に求められるのは「麻薬、大麻、あへん又は覚せい剤の中毒者ではない」という保証です。
 アルコールやニコチン中毒はいいのか?なんてことも私は思いますけどね。
 病院でも特殊な免許を持った人を大量に採用するので、その診断書作成のお仕事が私に回ってくることはけっこうあります。この前私の目の前に積まれた診断書で記入を求められたのは以下の5つでした。
「1視覚機能 2聴覚機能 3音声・言語機能 4精神機能 5麻薬、大麻又はあへんの中毒」
 外来で戸口から顔を突き出して「○○さん」と呼んで「はい」と返事をして外来に入ってきてすとんと座れば「123」はクリア。「5」については特徴的な症状とか注射痕があれば気づきますが、初めて会った人が「麻薬中毒ではない」という判断が数秒でできます? 本気でやるとしたら、しばらく監禁して禁断症状が出るかどうか、で判断するとか?
 もっと問題になりそうなのは「4」です。私は人相見ではないので、初めて会って緊張している人に精神障害があるかどうか、瞬時に見抜くことができる自信はありません。というか、会社の採用試験で面接した人からその時の情報をこちらにも流して欲しいです。さらにその時の診断書には「□専門家による判断が必要」というチェック欄があり、そこにチェックすると「専門家による判断が必要な場合において診断名及び現に受けている治療の内容並びに現在の状況(できるだけ具体的に)」を書かなくちゃいけません。えっと、まさにそれを知りたいからこそ「専門家による判断が必要」なんですけど。というか「専門家による治療を(外来で)受けている」時点でその人は「入院治療は不要」と判断されている、つまり「社会(=病院外)で生きていける可能性が大」ということになります。だったらここで必要なのは「診断名」「治療の内容」よりも「“そういった人”と共存共栄するために、こちらが自分の言動で何に気をつけるべきか」ではないか、と私には思えます(精神障害者より精神が健常な者の方が自分の言動に気をつける余力があるはずです)。診断書の“目的”が「排除」ではなくて「共存」の場合には。で、その場合にはご本人が「自分はこのように“取り扱って”下さい」と「トリセツ」(@西野カナ)を解説してくれるとずいぶん助かるんですけどね。


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国会の希望出生率は?

 「男の国会議員が育休を取ろうとした」のは、ぐだぐだの内に話そのものが消散してしまいました。ところであの時の反応をまとめると、こうなります?
 自民党の人たちは、「国会議員のくせに育休を取るのか!」。
 で、それを見ていた民間企業はこう言えるわけです。「国会議員でさえ取れないのに、お前は育休を取るつもりなのか! 一体何様のつもりだ!」。
 で、結局日本でイクメンは育休を取れるんです? それともあれはあくまで「タテマエだけは取れるもの」?
 そういえば「希望出生率」という言葉がありましたね。国会議員の希望出生率は何パーセントなんでしょう? まさか0%? でもそれだと二世議員が絶滅しますが。

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心への多剤療法

 もう旧聞に属する話になりますが、2014年に「精神科薬多剤投与規制ルール」(*)が始まっています。

*)「今回の運用の背景について」(日本精神神経学会)
》1回の処方において、3種類以上の抗不安薬、3種類以上の睡眠薬、4種類以上の抗うつ薬又は4種類以上の抗精神病薬を投与した場合(以下、「向精神薬多剤投与」という。)、精神科継続外来支援・指導料は算定できないこととし、処方せん料、処方料、薬剤料については減算する。

 要するに「外来でたくさん精神科の薬を出すな」ということです。
 実際に精神科だけではなくて内科系のクリニックや病院から紹介されて入院してきた人でもその持参薬を見ると、抗不安剤や睡眠剤が何種類も含まれていて、それでも足りずに「もっと薬をくれ」と要求される人に私はしょっちゅう出会います。こんなとき私が抱くのは「この人は、かかりつけ医にもこのように要求を繰り返し続けて、その結果として処方が分厚くなっていったんだろうな」という歴史に対する感想と「この人はなぜ『この症状』に対する解説や対策ではなくて『もっと薬を』とだけ要求をするのだろうか」という疑問です。実際に回診の時に「寝られなくて、死にそう」と悲哀的に訴える人が、夜勤者が巡回したときにはぐーぐー寝ていた、なんてことも良くありますので。
 こんなとき私は安易に薬は増やしません。むしろ減らしたくなります。ただ、依存が出ていると減らすのも困難。だからせめて増やさないことに頑張るわけです。
 こんなときに私がよく使う台詞が「枕が変わると寝られなくなりますけど、慣れたら寝られるようになるかもしれませんよ」「横になっているだけでも体の疲れは取れます」「何時に寝ろ、何時間眠れ、と法律では決まっていません」「昼寝はしないで下さい。夜が寝られなくなります」「寝られなくて死んだ人はいません」「3日頑張って起きていたら、たぶん嫌でも寝てしまいますよ」。
 ああ、我ながらなんて冷たい医者でしょう。(ただし「夜勤者はあなたが寝ているのを確認していますよ」なんてことは絶対に言いません。人を嘘つき呼ばわりしても意味がありませんから。「不眠でしんどい」はそのまま受け入れます。本人がしんどい思いをしていることは確かなのですから)

 ただ、私も薬を出さないことにだけ頑張っているわけではありません。たとえばうつ病の症状として不眠が出ているのだったら、睡眠薬よりは抗うつ剤を出すことを考えます。
 そう言えば「精神科薬多剤投与規制ルール」には「4種類以上の抗うつ薬」も含まれていました。

 私が医者になった頃には「抗うつ剤」で思い出すのは「三環系抗うつ剤」と「スルピリド」、当時はもう廃れてきていましたが「MAO阻害剤(モノアミン酸化酵素阻害剤)」。あら、4種類になりませんね。
 私が医者になってしばらくして「四環系抗うつ剤」が登場し、それからずっと経ってから「SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)」「SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬」「NaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬)」が続々登場しました。なるほど、ここまで“メニュー”が豊富になったら一つの薬では治らない「難治性のうつ病」には多剤併用をしたくもなるでしょう。
 ただ、「鬱(うつ)」と言っても、話は単純ではありません。「正常なうつ」から「病的なうつ」までグラデーションがかかっていて、そのすべてに「(うつ病用の)抗うつ剤」が効くわけではありません。たとえば、失職したり失恋して死にたいくらい滅入っている人に抗うつ剤を飲ませたら即座に「ハッピー!」なんてことは……もちろんありません。病的な鬱でも、たとえば「認知症」「統合失調症」「双極性障害(躁鬱病)」の症状としての「うつ」だったら「うつ病の薬」は効かない・効きづらい可能性が大です。
 一つの薬が効かない場合、他の薬をプラスする前に、ちょっと別の可能性について医者も患者も考えてみた方が、結果が良いことになる可能性が大きくなるのではないか、と私はぼんやり思っています。ただ、精神科専門の医者ではないので、これ以上偉そうなことを言う気はありません。


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「一時的」と「定期的」とは同じこと?

子の一時預かり、定期利用を提言 与党、待機児童問題」(朝日新聞)

 この記事を読んでいて頭の中が疑問符でいっぱいになりました。

》一時預かりは、昨年4月に始まった「子ども・子育て支援新制度」で自治体が補助する事業の一つ。……(中略)……自民党の提言では、これを定期的に利用できるようにし、

 「一時」を「定期的に利用」って、それは「一時」なの?「定期」なの? 要するにヤミで定員を増やそうとしているだけでは?

》認可保育所などの定員枠も緩める

 保育士が不足しているのは、過重労働と低賃金のセットによります(それと「社会的な尊敬の不足」も作用しているのではないか、と私は想像していますが、現在現場から遠いところにいるので、これは私的な想像です)。さて、定員オーバーを認める、ということは「保育士の過重労働」を公的に助長する、ということになります。これで、何が起きると思います? ちょっと想像力(がある人はそれ)を働かせてみてください。

》・小規模保育所の定員枠と対象年齢を緩和
 これも「保育士を増やす」とセットでなければ、ただの労働強化です。

》・保育士の賃金を実質2%改善
 たった2%? 

こんなデータがあります。
》厚生労働省が発表した平成25年賃金構造基本統計調査によると、時短労働などを除く保育士の年収全国平均は310万円。全職種平均(469万円)に対して66%の水準でした。
(保育士.net)http://www.e-hoikushi.net/column/55/

 66%を2%上げるということは66が67〜68%になるわけです。これで大喜びしろ、と?
 ところで、財源は? 補助金を(それも一時的なものではなくて定期的に)出せるんです?

》期間限定で実施する

 はいはい、「人の噂も七十五日」、「保育園落ちたの……」の騒ぎが鎮まるまでの期間限定、ということなんですね。医療でも「二階に上げて梯子を外す」政策がこれまで散々おこなわれてきましたが、保育所に関してもこの緊急提言とやらを信じて真面目に努力した自治体や保育所は「期間終了」であっさり政府は撤退して「梯子を外された状態」に取り残されることになります。あぶないあぶない。(撤退の手法としては「子供たちの安全確保のためにやはり定員は厳格に運用されるべきである」とどこかの局長が主張するとか「補助金はあくまで“一時的なもの”で来年度からは出さない」とあっさり決定するとか、を私は思いつきました)
 おっと、別の意味の「期間限定」もここには含まれているようです。こういった「緊急提言」と「それに対する与党の反応」はこれからも水に浮かぶあぶくのように、ニュースの世界に浮かんではパチンとはじける、と繰り返すだろうと私は思っていますが、そういった「私たちは努力しています」のポーズを示す「期間」はどうせ「次の選挙まで」に限定ですよね? 選挙がすんでも努力を「定期的」に継続する、という担保は、どこに?

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百人一首連想(73)前権中納言匡房

「高砂の 尾の上の桜 咲きにけり 外山の霞 立たずもあらなむ」前権中納言匡房

 72番は「高師の浜」、こちらは「高砂」「尾の上」「外山」、そして72番は「あだ波」、こちらは「霞」。72番と73番は「土」と「水」で微妙に関連づけられているように私には感じられます。
 ちなみに「五行(木火土金水)」では「土」と「水」は隣り合っていませんから「相生(木から火が発し、火が燃え尽きたら土(灰)を生み、といった関係)」はありませんが、「相克」では「土が水に勝つ(堤防が水をふせぐ)」という関係を持っています。
 閑話休題。

 さて、この歌は単なる情景歌でしょうか? 遠くの山の上に桜が咲いた。外山(里山)の霞よ、その桜を隠すように立ったりしないでくれ、と霞に呼びかけています。まるで霞に人格があるかのように。ここで「桜」を貴人のシンボルだとしたら、「霞」は作者が貴人に近づくことを邪魔する誰か? まあ、具体的な氏名を持った人物ではなくて、「桜」の持つ近寄りがたい雰囲気のことなのかもしれません。そういった「桜」に憧れていますよ、という心情を“素直”に読んだ、つまり一種のラブソングだったのかもしれません。


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