転がるイシあたま

医療系の雑談ブログです

メロディーが先か歌詞が先か

 年末になって「毎年恒例」と言えば紅白歌合戦でしょう。子供時代にはたしかに毎年これを見るのがお決まりでしたが、実はここ数年紅白歌合戦はまともに見たことがありません。今年はもしかしたら、見るかな?

 昔の日本では「作家になりたい」と子供が言うと「三文文士で飯が食えると思っているのか」と親が反対するのがお決まりでした。
 もうちょっと時代が新しくなって「音楽で身を立てたい」と子供が言うと「ギターを弾くのは不良の証拠だ」と親が反対するのが……
 私が育ったのは「ギターを弾くのは不良」の時代ですが(そういえば「喫茶店に行くのは不良」とも言われていましたっけ)、その頃「シンガーソングライター」が「職業」として成立しつつありました。アメリカだったらアイルランド系とかノルウェー系とかそれぞれの移民のルーツである民族音楽の影響があるでしょうが、日本ではどこの民謡だかよくわからない「フォークソング」が流行っていましたっけ。
 私もちょっと挑戦してみましたが、才能がないことはすぐにわかったのでもうちょっと地道な方向に進むことにしました。
 ところで、作詞作曲は、なかなか大変な作業です。調子が良いとそれが同時にできてあっという間に一曲が完成、ということもありますが、そんなことはまれな現象でした(少なくとも私の場合には)。
 プロでもけっこう苦労をするようで、「曲先」とか「詞先」とかでの分業で「生産」をおこなっているようです。
 で、ふっと思ったんです。「曲先」「詞先」ができるのだったら、それを組み合わせたらどうだろう、と。
 あるヒット曲「α」があるとします。そのメロディーを「A1」歌詞を「A2」としましょう。
 さて、「A1」を「曲先」の曲としてそれに新しい歌詞「B2」をつけます。それとは別に「A2」を「詞先」としてそれに新しいメロディ−「B1」をつけます。これで「A1/B2」「B1/A2」ができました。で、そこでB1とB2を組み合わせたらどうなるでしょう。おそらく、まったくオリジナルの「B1/B2」という新曲「β」が登場するはずです。不思議なことに、βの歌詞でαのメロディーが(あるいはβのメロディーでαの歌詞が)歌えるのですが、それに気づく人はたぶんそれほど多くはないはず。
 もしかしたらプロの世界ではもうこれは常識の手法です?


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固い頭

 「古い高血圧の薬」の最後の文章から「固い頭」繋がりです。

 プロレスに痛そうな技はたくさんありますが、地味だけどひどく痛そうなのが頭突きです。わざわざ自分の頭を相手の体にごっつんこするのですから。これ、ぶつけたところの痛さもですが、脳震盪の恐れとか、首をよほど鍛えておかないと頸椎を痛めそうとか、派手には見えませんが実は恐い技でもあります。しかし、いくら体を鍛えても「頭蓋骨の堅さ」を鍛えることはできませんよねえ。どうやってトレーニングをするのやら。
 この頭突きを得意技にしていたプロレスラーで私がすぐ思い出すのは大木金太郎です。「原爆頭突き」という技名で、「ただの頭突き」を、連続技・ジャンプを加える・一本足となって大きなモーションで、と観客を飽きさせないように様々な工夫をしています。一本足頭突きといったら、藤原喜明の派手なモーションも思い出しましたが、今日は大木から藤原ではなくて原爆の方に話を持って行きます。(慣例に従って敬称は略しています)

 プロレスの技にはけっこう「原水爆」が存在しています。私が取りあえず思い出せるのは、「原爆頭突き」以外では、たとえば「アトミック・ドロップ(尾てい骨割り)」「原爆固め(ジャーマン・スープレックス・ホールド)」「原爆投げ(ジャーマン・スープレックスでホールドをせずに投げ捨てる)」「飛龍原爆固め(ドラゴン・スープレックス・ホールド)」「月面水爆(ムーンサルトプレス)」……
 これらの「原水爆」は要するに「すごいぞ」「強力だぞ」という意味で使われていて、「核兵器」という意味は込められていません。だからでしょう、私の知り合いの被爆者のプロレスファンは「アトミック・ドロップは痛そうだ」とか「原爆固めはかけられる方だけじゃなくてかける方もきつい」と嬉しそうにテレビの前で騒いでいましたっけ。「原爆」と「原爆(プロレス)」とは別物、ときちんと区別をつけていたのかな。単にプロレス愛がよほど強かったのかもしれませんが。

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古い高血圧の薬

 「高血圧を下げない方が良い場合」で高血圧の治療薬として、古いものを提示できなかったのですが、今頃になって「レセルピン」を思い出しました。一つ思い出すと、芋づる式に、「アプレゾリン(ヒドララジン)」「ヘキサメトニウム」が続々とどこからか登場します。ただ、この中でも一番古そうなレセルピンでも発見は1952年ですから、やはり戦前あるいは戦中の高血圧には使えそうもありません。ついでですが、これらの薬は現在も存在はしていますが、とっても使いにくかったり効果が不十分だったり副作用が強かったりで、あまり人気はありません。高血圧に対して他になければ仕方ないから使おうか、といった感覚を私は持っています。おっと、レセルピンは、内科よりは精神科の方でよく使われた薬なので、精神科では今でも人気があるかもしれません。
 ……まったく、こういった古い知識を後生大事に抱えているから、新しい知識が脳に入ってくれないんですよね。これを書いたのを機会に、とっとと忘れることにします。
 そうそう、ニトログリセリンだったら19世紀にすでに「薬」として認められていましたから(*)ローズベルトさんにも使えそうです。ただ、ニトログリセリンの「血圧低下作用」は「薬の主目的(狭心症の治療)」ではなくて「副作用」ですから、「副作用を出すことを目的に薬を使うことは、いかがなものか」と頭が固い人たちには怒られてしまいそうですが。

*)『火薬が心臓を救う ──ニトログリセリン不思議ものがたり』吉田信弘・大西正夫 著、 ダイヤモンド社、1990年、1456円(税別)


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くじを寄付

宝くじ栃木市役所に2000枚 メモ「豪雨被災者に」」(毎日新聞)

 60万円分の年末ジャンボ宝くじの「落とし物」だそうです。で、「当たったらこれこれの目的に使ってください」という指示があったそうですが……
 いや、もちろん10億円が当たったらすばらしいことですが、確率を思うと「60万円」をそのまま現金で寄付した方が栃木のためになったのでは、なんて意地悪なことも思ってしまいます。
 私は残念ながら年末ジャンボは買ってないので、こういった行為には相乗りできません。別のやり方を考えることにします。たとえば「当たったから寄付する。使ってくれ」と一等当選くじ券をどこかに送りつけるとか。
 えっと、その前にまず宝くじを買ってこなければならないんですよね。で、それが当たらないといけない。……う〜む、ハードルが高いなあ。

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自治体病院の台所事情

平成25年度 自治体病院「純医業収支」ランキング」(病院情報局)

 一般会計から投入される負担金を除いた「純医業収支」の“ランキング”です。
 私が若い頃にいたある自治体病院では、院長が「毎月議会に行って『お金を下さい』と言わなくちゃいけないんだ」とこぼしていましたが、その病院は現在では……あら、頑張っていますね、収支はとても改善されています。
 ただ、自治体病院と民間病院では役割が少し違うはずです。救急のように不採算部門でも、住民のためには歯を食いしばって維持しなければならないはずで、だからこのサイトでも

》公立病院は地域の救命救急、周産期、僻地医療などの不採算医療を担っている場合が多く、赤字だから悪いと結論付けるのは早計ですが、各地域における公立病院の存在意義や民間病院との機能分担を考えるための参考情報としてご活用いただければ幸いです。

とあります。もっとも、本当に「赤字だから悪いと結論付けるのは早計」なのならどうして“ランキング”にするのかな、とも思いますが。
 ところで「自治体病院の赤字は絶対悪」だとしたら、どういう解決法があるでしょう。一つは「赤字部門の閉鎖」でしょう。赤字を垂れ流す部門を閉鎖すれば、経営は改善されるはず。救急車受けいれもお産も僻地医療もお断り。住民は困りますけどね。もう一つは「診療報酬の改善」。まともにやったら赤字になるように設計されている診療報酬体系を、真面目にやったら最低トントンになるように改善したらどうでしょう。財務省の翼賛下にある人たちには大反対されそうですが。そうそう「民間病院の廃止」という手もあります。民間病院が「黒字になる部分」を担当しているから、自治体病院がまるでババを引くように赤字になる部分を担当させられているわけです。だったら黒字になる診療分野を民間から自治体病院が全部奪い取ったら、赤字が減りませんか?
 しかし、764病院中黒字の病院がわずかに44とは、日本の医療の事態はけっこう深刻なのでは? というか、764がすごい数字ですね。「平成の大合併」のあとに必要なのは「自治体病院の平成の大合併」かもしれません。赤字同士の合併はすごいことになりそうですが、少なくとも院長や部長などの数が減る分が“リストラ”となって、少しは赤字減らしに貢献があるかもしれません。
 ただ、これはずっと前に「公的病院の赤字」で書きましたが、自治体が行う住民サービスで自治体病院だけことさらに赤字を問題視されるのはなぜなんでしょうねえ?


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ABCDその他

 「高血圧を下げない方が良い場合」で過去の高血圧の治療についてちらっと書いたので、「現在の高血圧の治療」がどうなっているか簡単にまとめてみることにしました。

A ACE阻害剤、ARB
B βブロッカー
C カルシウム拮抗剤(calcium blocker)
D 利尿剤(diuretic)
その他

 こうなります。シンプルですね。

 日本の医者が愛用しているのは「A」と「C」、次いで「D」でそこから相当落ちて「B」と「その他」となっているはずです。
 私が医者になった頃には、「A」はまだ開発最終段階でしたが、「B」と「D」はすでに使えました。
 「C」はアダラートという商品名のものがありましたが、これは非常に気が早い、というか、効きが早い薬で、緊急事態の降圧には便利でしたが(ソフトカプセルの液状の中身を口の中に含ませると、粘膜から吸収して注射並みの速度ですぐにみるみる血圧が下がるのです)、日常的に一日中じんわりと血圧を下げることには向いていませんでした。どうしてもこれを使う場合には、1日に4回服用してもらいましたが、おそらく血圧は上がったり下がったりを繰り返していたはずです。すぐに山之内からペルジピンという1日3回服用で血圧を押さえてくれるカルシウム拮抗剤が発売されて、私はそちらに飛びつきました。
 「B」は良い薬なのですが、効き過ぎると、低血圧や徐脈が出現して(患者も医者も)青くなります。「D」はずっと同じですね。糖尿病とか痛風とか、あるいは重い腎機能障害があったら注意が必要ですが、使いやすい薬です。
 使いやすい、と言えば、昔の薬は「1日3回食後」が標準仕様でしたが、最近の血圧の薬は、大体が1日1回、多くても2回ですむようになっています。薬が飲みやすくなった、ということは、飲み忘れでの血圧の変動も押さえやすくなった、ということです。家庭血圧計も普及しているし、「自分の血圧の管理」がある程度は自分でできる時代になったのは、祝うべきことだ、と私には思えます。


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迷信と夫婦別姓の意外な関係

 昨日「迷信と差別に密接な関係が?」で「迷信大国」の一例として姓名判断をあげました。六曜も姓名判断も、指折り数えたら運命がわかる、という共通点を持っているわかりやすい迷信だ、と私は思っています(迷信だと私が判断するのは「人の人生は誰でも指折り数えたら素人でも占って判断できるような生やさしいものではない。もし占えるにしても「個人」だけではなくて他の人たちの運命とも影響し合う複雑なものだ」と信じているからです)。
 ところで「姓名判断を信じる人」が困るのが、結婚などで姓が変わることでしょう。いくら誕生の時に頭を振り絞ってその子の一生が幸せであるように、と願って名付けても、もしも姓が変わったらすべてがおじゃんですから。だったら「姓名判断を信じる人」は、一生「生まれたときの姓」が維持できる可能性が高い「夫婦別姓」に熱烈に賛同するべきでは?


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迷信と差別に密接な関係が?

大安、仏滅…六曜「差別につながる」 カレンダー配布中止、大分」(産経ニュース)

 このニュースを見てまず思ったのが「明治以来の伝統を捨てて江戸時代に戻るのかな」でした。
 「大安仏滅などの六曜」はもともとは室町時代に中国から渡ってきた時刻占いだそうですが、どんどん日本的に変容して日占いになってしまいました。江戸幕府は「六曜は迷信である」として、公式の暦からは追放していました。暦を決定することは「時を支配する」わけで、最高の権力行使の一つです。だから幕府は暦を大切にしていましたが、日食や月食の予報を外す、という失態は幕府の権威を傷つけることになりますから、天文方はとっても大変な思いをしていたはずです。ともかく六曜は非公式の暦でだけ生き延びる日陰の存在でした。で、江戸時代末期、幕府の権威が根底から揺らぐようになると、世間一般に六曜が広がっていきました。
 明治政府は「徳川幕府は全否定」だったからでしょうか、六曜を「迷信だから弾圧する」なんてことは言いませんでした。だから堂々と暦にも載せることができるようになって、今に至るわけです。日本は迷信大国ですから(「結婚式は大安に多い、仏滅には少ない」「葬式は友引には少ない」「名前の字画を気にする人が多い」「血液型性格占いに人気がある」「雑誌やラジオ番組などで星占いも人気がある」……)暦に六曜が載ることに不思議はないでしょう。
 不思議なのは人権・同和対策課の「差別につながる」という主張です。「今日は大安」で、誰かが差別されるのかな? 「差別を憎む」と「迷信を憎む」は“的”が違うような気もするのです。もちろん「迷信に対する攻撃」が「差別減少」にロジカルにあるいは現象的につながる、というのだったら、その手法に大声で反対しようとは思いませんが、とりあえず私は首を傾げるだけにしておきます。

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高血圧を下げない方が良い場合

 1944年、アメリカ大統領フランクリン・ローズベルト(ルーズベルト)の健康状態は、主治医のマッキンタイヤー海軍軍医総監によると「ほとんど問題なし」でした。しかし、同年3月(大統領になってから初めての(そして最後の)健康診断で)の血圧は185/105、8月5日に軽い心筋梗塞、11月には血圧が260/150。マッキンタイヤーの部下、心臓病の権威ブリューン海軍軍医少佐は執務制限をしようとしますが、それは許されませんでした。1945年2月ヤルタ会談の席でチャーチルの主治医モラン卿はローズベルトを一瞥しただけで「余命3箇月」と判断します。しかし、アメリカ側は、主治医も大統領もそれ以外のほとんどの人も、そういったことは知りませんでした(あるいは、見て見ぬふりをしていました)。(*1)

*1)『アメリカ大統領が死んだ日 ──1945年春、ローズベルト』仲晃 著、 岩波現代文庫、2010年、1300円(税別)

 ヤルタで疲労困憊したローズベルトは(スターリンは“タフな交渉相手”だったのです)、静養のために1945年3月末から山荘で過ごしていました。そして4月12日脳出血が大統領を襲いました。

 これだけ見るとマッキンタイヤー海軍軍医総監(耳鼻科)がただのヤブ医者のように見えます。いや、実際にヤブ医者だったのかもしれません。だけど、もし彼の弁護士に私がなったとしたら、「戦局が安静を許さなかった」「有効な治療法の持ち合わせがなかった」と申し立てるかもしれません。
 戦局以前に、おそらく「寝ていろ」と言われて素直に寝ている大統領ではなかったでしょう。「病弱な大統領」というのはアメリカでは伝統的に嫌われるらしく、後のケネディも持病(腰の激痛・慢性腎炎・高コレステロール血症・不眠など)があることはひた隠しにしていましたっけ(*2)。

*2)『ベルリン危機1961 ──ケネディとフルシチョフの冷戦(上)』フレデリック・ケンプ 著、 宮下嶺夫 訳、 白水社、2014年、3200円(税別)


 話を戻します。1940年代の医者が「高血圧」に処方できた薬は……私は思いつきません。私が思いつく「高血圧に対する古い薬」である利尿剤も交感神経遮断薬も、20世紀後半の登場です。20世紀前半だったら、そうですねえ、ヒルによる瀉血とか温泉療法とか鉱水飲用とか、あとは神秘の力があるという「電気」でもかけてみましょうか。
 つまり当時「高血圧症」は「診断はできるが治療はできない病気」だったのです。それと、現在とは違って「血圧の数字が高いこと」が人体の中でどのような不利益をもたらしているか、もまだわかっていませんでした。つまり「血圧が高い人の治療をしなければならないかどうか」に関してさえ合意形成ができていなかったはずです。
 さらに「弁護」を進めましょう。
 もし、万が一、「高血圧に有効な治療薬」が当時存在していたとしましょう。で、1944年の時点で私がローズベルトの主治医だったら、大喜びでその薬を大統領に投与するでしょうか。
 たぶん、迷うはずです。
 この時点でローズベルト大統領の動脈は全身のどこも、高血圧の最終段階であるがちがちの動脈硬化状態になっているはず。そこですとんと血圧を落としたら、各臓器への血流量もすとんと落ちてしまうでしょう。その結果は、腎臓なら腎機能障害(のさらなる悪化)、脳なら脳虚血発作、心臓なら狭心症(あるいは心筋梗塞)。つまり「高い血圧でなんとか血流(酸素供給)を維持している人体の血圧を下げることで、寿命を縮める」可能性があるわけで、だから私は迷うはずなのです。
 現代の医療では、選択に迷うほど薬があります。せっかく手段があるのですから、高血圧の人は「1944年のローズベルト」になる前にやわらかい薬で血圧を低めに維持しておいて臓器に障害が出ないようにしておいた方が良い、と私はお勧めしておきます。


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塩で引き締めるのはヘルシー?

 高校の生物の授業で半透膜について習ったときに、漬け物も浸透圧の差を利用する“調理”だと教わりました。浸透圧が高い方に低い方から水分が移動しミネラルは逆に動く、と。さらに生体の半透膜では、特定のミネラルを選択的に移動させるものがある、というのは、医学部に入ってから習いました。

 梅干しは、梅に塩をまぶしているだけで梅酢が上がります。塩でなくて砂糖をまぶしても水分がどんどん梅から出てきて、梅の実はしわしわになっていきます(これで作る梅シロップは、冷水で薄めると夏に向いた飲み物です。私は炭酸水で割るのが好きですけど)。

 ところで、昔から(私の子供時代から、もしかしたらそれより前から)よく言われているのが「塩で歯を磨いて歯茎を引き締める」。これも歯茎に「梅干し効果」を望んでいるわけですよね。えっと、「引き締まる」のは良いのですが、歯茎が「梅干し状態」になるのは「ヘルシー」ですか? それと、引き締まるのは歯茎だけではなくて、頬の粘膜とか舌の表面も巻き添えで「引き締め」られちゃいません? さらに気になるのは、塩の結晶をこすりつけることで粘膜表面に生じるであろう細かい傷です。口の中は雑菌の巣ですが、そういった菌が傷から粘膜内部に侵入したら、なにかとってもまずいことが起きるような気がしてなりません。せめてあまりがしがしこすらない方が良いのではないか、と私は思います。
 どうしても塩が好きなら止めませんが、「全体を引き締める」のなら濃い塩水を口に含む方が粘膜に傷をつけずにすむような気がします。あ、それなら濃い砂糖水でも似た効果は得られそうです。「塩漬けの歯茎」よりは「砂糖漬けの歯茎」の方が、ちょっと美味しそうな感じです。

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