転がるイシあたま

医療系の雑談ブログです

正しい手の清め方

 「手洗いとうがい」で神社に詣でるときのことをちらっと書きましたが、どのように手を清めるのか、について具体的に書くのを忘れていました。今頃になってそれを思い出したので年が変わる前に書いておきます。よろしかったら初詣の時にでもご活用下さい。

 手順を丸ごときちんと覚えようとすると面倒なのでまず原則を。神社の境内(注連縄から内側)は「結界」で清浄な世界です。その外側は不浄の世界。従って不浄の存在である私たちが結界内に侵入するときには身を清める必要があります。そのための正式な手続きが精進潔斎や禊ですが、時間がかかるし冬に水垢離をやったら下手したら死にます(沖縄だったら平気でしょうが、私見では「琉球は日本の八百万の神々の“守備範囲外”」です。記憶はもう定かではありませんが、古事記にも琉球は載っていなかったのでは?)。
 ともかく、水垢離を簡略化したものが手水舎(てみずや)での「手と口を清める作法」です。これは「手洗いとうがい」ではありません。強力な清浄剤である流水にさらすことで「不浄の代表」である手と口を清めているだけ。だから水に触れるだけでよいのです。そのときテクニックとして気をつけるべきは、使用するアイテムである柄杓を不必要に汚染しないようにすること。
 具体的な手順は以上の原則を守ればほぼ自動的に導き出されます。
 多くの日本人は右利きですから、まず右手で柄杓を取ります。何回も柄杓を水につけたら水が汚染される可能性がありますから、水を汲むのは1回だけ。その一杯の水ですべてを完了させます。左手が空いていますからまず左手に少量の水をかけて清めます。次に柄杓を左手に持ち替えて右手に水をかけます(持ち替える時に両手が触れ合わないように。左手は清められていますが右手はまだ不浄です)。さて、これで両手は清められました。そこでまた柄杓を右手に持ち替えて左掌を窪ませて水を注ぎ、それを口に含んでから吐き出します。これで口も清められました。ここまで多くの神社の説明はこのようになっているのですが、私が気になるのは「最初に右手で柄杓の柄をつかんだ部分」です。最初の時点では右手はまだ不浄ですからつかんだ部分も不浄になっているはず。で、せっかく右手を清めてからまたその同じ部分をつかんだら、こんどは手の方が再汚染されてしまうでしょう。ですから私は右手で再び柄杓の柄を持つときには、最初とは違う場所を持つようにしています。
 そして最後に「不浄な手がつかんだ柄杓を清める」作業を行ないます。柄杓を立てて水を掬う器の部分(茶道具だったら「合」と呼んでいたはず)に残っている水を柄に伝わらせます。これで最初につかんで不浄となった部分も清められ、次の人が安心して使える状態になりました。
 くれぐれも、柄杓に直接口をつけたりがらがらぺっと盛大にうがいをしたり、なんて野蛮なことはしないようにして下さい。どうしてもやりたい方は、初詣ではなくてご自宅でどうぞ。

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ちゃん

 20世紀後半、老人病棟では「ちゃん付け」をけっこうな確率で聞くことができました。患者さんを「ちゃん」で呼ぶのは、呼ぶ側からは「親しみを示している」つもりだったのでしょう。しかし、第三者から見ると「なれなれしさ」「尊敬の欠如」に思えました。
 簡単な思考実験をしてみましょう。あなたが老人病棟のスタッフをやっているとします。そこへあなたが尊敬する人、そうですね、たとえばあなたの小学生時代の恩師が入院してきたとしましょう。さて、あなたはその人に向かって(その人の名前が山田太郎だったとしたら)「タロちゃん、さあ、おむつを替えましょうね」と言いますか?  学校での愛称がまさに「タロちゃん」だったらできるかもしれませんが、その場合、その人が恩師でも何でもない別のスタッフが「はいはいタロちゃん、ご飯ですよ〜」と言っていたら、愉快ですか?
 それが愉快で愉快でしかたない、という人と、私はたぶん友達にはなれないでしょう。

 ともかく、私はどんな環境(「〜ちゃん」が横行するところでも、「〜様」が求められるところ)でも「〜さん」でやってきました。そして私が現在勤務する病院では、上記の入院患者さんはすべてのスタッフから「山田さん」と呼ばれます。

 あるとき私の受け持ちとなった患者さんは、コミュニケーションが非常に難しい方でした。とにかく会話以前に挨拶のやりとりさえ成立しないのです。あまりに対応が難しいため、ご家族が面会に来られたときに、入院前にはどんな風に生活されていたのかをインタビュー。すると簡単に「ああ、タロちゃんと呼んだら、喜んで返事しますよ。それ以外は自分の名前だと思っていませんから。ご近所の皆さんもそう呼んでくださっています」と。
 吉本新喜劇だったら、スタッフ一同、そろってずっこける所でしょう。
 さっそく病棟師長に話を通して、「この病棟では『タロちゃん』だけは例外」とすることにしました。相手に言葉以前に挨拶くらい受け入れてもらわなければ「話」が始まりませんから。

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ちゃん

 20世紀後半、老人病棟では「ちゃん付け」をけっこうな確率で聞くことができました。患者さんを「ちゃん」で呼ぶのは、呼ぶ側からは「親しみを示している」つもりだったのでしょう。しかし、第三者から見ると「なれなれしさ」「尊敬の欠如」に思えました。
 簡単な思考実験をしてみましょう。あなたが老人病棟のスタッフをやっているとします。そこへあなたが尊敬する人、そうですね、たとえばあなたの小学生時代の恩師が入院してきたとしましょう。さて、あなたはその人に向かって(その人の名前が山田太郎だったとしたら)「タロちゃん、さあ、おむつを替えましょうね」と言いますか?  学校での愛称がまさに「タロちゃん」だったらできるかもしれませんが、その場合、その人が恩師でも何でもない別のスタッフが「はいはいタロちゃん、ご飯ですよ〜」と言っていたら、愉快ですか?
 それが愉快で愉快でしかたない、という人と、私はたぶん友達にはなれないでしょう。

 ともかく、私はどんな環境(「〜ちゃん」が横行するところでも、「〜様」が求められるところ)でも「〜さん」でやってきました。そして私が現在勤務する病院では、上記の入院患者さんはすべてのスタッフから「山田さん」と呼ばれます。

 あるとき私の受け持ちとなった患者さんは、コミュニケーションが非常に難しい方でした。とにかく会話以前に挨拶のやりとりさえ成立しないのです。あまりに対応が難しいため、ご家族が面会に来られたときに、入院前にはどんな風に生活されていたのかをインタビュー。すると簡単に「ああ、タロちゃんと呼んだら、喜んで返事しますよ。それ以外は自分の名前だと思っていませんから。ご近所の皆さんもそう呼んでくださっています」と。
 吉本新喜劇だったら、スタッフ一同、そろってずっこける所でしょう。
 さっそく病棟師長に話を通して、「この病棟では『タロちゃん』だけは例外」とすることにしました。相手に言葉以前に挨拶くらい受け入れてもらわなければ「話」が始まりませんから。

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社会的外来受診

 「新型インフルエンザ」が猖獗を極めていた時代、医師が悩まされたのは、病気の治療だけではなくて、厚労省の場当たり行政とマスコミのパニック、医療資源(ワクチン、検査キット、治療薬)の枯渇、そして本来不必要な診療行為の強制でした。
 最後のはたとえば「新型インフルエンザにかかっていないことを、医療機関で証明してきてもらえ」と会社に言われてやって来る人への対応です。それでなくても検査キットの数が足りないのに、「患者」ではなくて「単に証明書が欲しい人」のためにそれを一つ消費するのは勘弁して欲しい、と私は感じていました。もしも「社会的入院」が非難されるのなら、「社会的外来受診」も同じく非難されてしかるべきではありませんか?

 今、「ノロウイルスの変異株」が流行しています。厚労省は現時点では落ち着いていますが、マスコミはまた例によって底の浅い金切り声を上げています。すると、もしかしたらまた「ノロウイルスにかかっていないことを医療機関で証明してきてもらえ」と会社に言われてやって来る人がいるのではないか、と私は恐れています。いや、病気の人が来るのは良いですよ。ノロウイルスそのものに対する治療法はないけれど、脱水になっていたら点滴くらいはして差し上げます。だけど、特に症状もない人が「社会的要請」でやってくるのは、勘弁して欲しい。
 外食産業など食品を扱う職場の場合に「ノロウイルスかどうか」は会社としては深刻な問題でしょうが、「ノロウイルスでなければ、あとはなんでも全部OK」ではないですよね。ノロであろうがロタであろうがアデノであろうが、ウイルス性腸炎で下痢をした人はすぐに食品を触る部署から外す、下痢をしていない人もお尻(や不潔な場所(たとえば人の顔))を触った手で食品を触らない(触ることが不可能な)ように作業工程を組む、定期的にラインを消毒する、そういった標準的な予防策をきちんと構築することが、「お前はノロか?  絶対にノロではないのか?」と個人を問い詰めるよりも大切なことのように私には思えます。それに、そういった「個人を問い詰める職場」って、「実は今朝下痢をしました」が言い出しづらくて我慢して働かなければならない雰囲気になってません?  それは結局会社と社会に被害を広げるだけのような気が私にはするのです。

 

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連携

 私が所属する地区の医師会では、今年度は「病病連携」「病診連携」をテーマとして研修会を行なっています。
 先日行なわれた研修会は、会員の医師だけではなくて、ケアマネージャー・地域包括支援センターの職員・病院のソーシャルケースワーカー・役所の職員なども集まって盛会でした。そこで、この地区にどんな病院があってそれぞれがどんな特色を持っているのか、がわかってくるのは、なかなか面白い体験です。それぞれの施設に意外な側面があって、これまでフル活用していなかったなあ、と思わされましたが、同じような感想は多くの人が持ったようです。「困ったらとにかく救急車、ではないぞ」と。
 開業医が在宅で診ている人が急変したら、それはもちろん救急車でしょう。行き先は急性期病院。だけど、状態が徐々に悪くなって医療処置が少しずつ必要になってきた場合には行き先は療養型の病院の方が良いでしょう。ところがその場合でも、家族がもう耐えられなくなって「とにかくすぐに入院させて欲しい」となる場合もあります。そのとき療養型の病院がそれに“緊急”で対応できるかどうか、が問われます。
 そういった会の雰囲気を眺めながら、私は別のことも考えていました。たとえば在宅で癌の末期を開業医が診ている、という場合もあります。ところが痛みが増強して在宅ではそのコントロールが難しくなったらどうしましょう。一番に考えるのは、ホスピスへの入院です。しかし、もしも慢性期の病院でも疼痛コントロールが得意な医師がいてそれを受けることができて、とりあえずの痛みのコントロールができたら、その患者さんはまた自宅へ戻ることができます。あ、もちろんホスピスでも同じことはできるはずですね。ホスピスは「死ぬための場所」ではなくて「痛みをコントロールする病院(自宅へ生きて退院することも可能な場所)」のはずですから。

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インターン

 かつての戦後日本では、医学生は卒業するとまずインターン(無資格の見習い)として1年を過ごし、それから医師国家試験を受けていました。それが廃止されたのは昭和43年。(インターン廃止運動から有名な「東大紛争(象徴が安田講堂の攻防戦)」が起きた結果です。当時、日大でも大学紛争が起きていましたが、こちらは「大学の使途不明金問題」と「大学の過剰な学生管理体制」を学生が問題にしての紛争でした(*1)。ですから「大学紛争」と言っても実はいろいろあったわけです)

*1)『路上の全共闘 1968』三橋俊明 著、 河出書房新社(河出ブックス018)、2010年、1300円(税別)


 そのあとも「インターン制度」そのものは、たとえば理容師の世界では生き残っていましたが、それも20世紀末には廃止になっているようです。
 私には行きつけの理髪店があります。夫婦でやっておられる店で、そこでは若い人が洗髪などの補助作業をやっています。しばらくしたらまた別の人に交代するので、昔だったらインターンでしょうが、今は見習いなのかな。
 今いる人は昨年から勤めていますが、最初は不慣れだったのが最近はいろいろ上手になってきているのが目に見えます。先日も散髪に行ったら、洗髪がとても気持ちよかった。この気持ちよさを伝えたいけれどどう感想を言おうかな、と身を委ねながら考えます。
 まず思いついたのは、「腕を上げたねえ」。だけどこれだと「前は下手だった」と言っていることにもなります。とりあえず褒め言葉で悪くはないとは思いますが、よほど親しくないと使いづらい感じ。どんな言い方であれ「以前は下手だったが今は上手になった」と言うのは、どことなく偉そうで今の言葉だと「上から目線」。「客だからおれの方がお前より上だ」とわざわざ主張する必要性を現時点で私は感じません。
 要は、こちらの気持ちを相手に伝えて、相手がそれで嬉しく思えたら(ついでに励みになれば)それで良いわけです。
 そこで主語を「you」から「I」にすることにしました。「あなたは腕を上げた」「あなたは上手になった」ではなくて「私は気持ちよい」「私は嬉しい」にすれば、何の問題もないでしょう。それは完全な事実なのですから。ということで「ああ気持ちよかった、ありがとう」と言いました。言われた方は嬉しそうだったし、言った方も嬉しいので、win=winですね。

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文字通り(2-74)「波」

「波動」……波の動き
「衝撃波」……衝撃的な波
「風波」……風の波
「人波」……周波数と波長は?
「ラブ波」……キューピッドが投射する波
「かめはめ波」……敵に隠れる時間をたっぷり差し上げる必殺技
「アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計」……アルマ望遠鏡の正式名称
「太陽電波」……太陽人からの暗号通信
「地上波」……地面が波打っている
「時代の波」……時代は上がったり下がったりする
「岩波書店」……波が寄せると本が生まれる岩
「四海波静か」……太平洋・大西洋・インド洋……あとはどこ?
「難波橋」……波を難じる橋
「波紋を投じる」……どこかから波紋を持ってきて池に投げ込む

 

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ノロウイルス感染症発生

 今年はノロウイルスの当たり年らしく、各地で集団発生していることが報道されています。
 私が勤務する病棟でも先日ついに一人発症されました。
 たまたまその患者さんの主治医が休みの日だったので私がかわりに診察して怪しいと思って検査をしたら迅速検査で陽性となってしまったものですから、とりあえずの処置と隔離指示を出しました。さて、拡大を防ぐためには「この人」だけを見るのではなくて「この人にウイルスをもたらした人(もの)」についても同定しておきたいのですが……
 ところがこれが不思議な話で、集団食中毒ではありません。この数日間で面会に来られた方もおられません。同室の人やそこに出入りするスタッフも特に症状などなし。だったら、どこから?
 まさか「腸チフスのメアリー」のノロウイルス版がいる、なんてことなんでしょうか。もしそうだったら、どうやって予防をすればいいのだろう? 
 先々月には私の受け持ち患者さんがやはり一時嘔吐下痢になって、便の迅速検査で微妙な反応が出たから隔離をしたけれど、結局すぐに症状はおさまり数日後に結果が返ってきたPCR法ではノロウイルス陰性だったので「迅速検査のチョンボ(偽陽性)」だったのだ、と結論づけたことがありましたが、今回もまた、それかな?  それだったら良いのですが。

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ノロウイルス感染症発生

 今年はノロウイルスの当たり年らしく、各地で集団発生していることが報道されています。
 私が勤務する病棟でも先日ついに一人発症されました。
 たまたまその患者さんの主治医が休みの日だったので私がかわりに診察して怪しいと思って検査をしたら迅速検査で陽性となってしまったものですから、とりあえずの処置と隔離指示を出しました。さて、拡大を防ぐためには「この人」だけを見るのではなくて「この人にウイルスをもたらした人(もの)」についても同定しておきたいのですが……
 ところがこれが不思議な話で、集団食中毒ではありません。この数日間で面会に来られた方もおられません。同室の人やそこに出入りするスタッフも特に症状などなし。だったら、どこから?
 まさか「腸チフスのメアリー」のノロウイルス版がいる、なんてことなんでしょうか。もしそうだったら、どうやって予防をすればいいのだろう? 
 先々月には私の受け持ち患者さんがやはり一時嘔吐下痢になって、便の迅速検査で微妙な反応が出たから隔離をしたけれど、結局すぐに症状はおさまり数日後に結果が返ってきたPCR法ではノロウイルス陰性だったので「迅速検査のチョンボ(偽陽性)」だったのだ、と結論づけたことがありましたが、今回もまた、それかな?  それだったら良いのですが。

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頭をがくがく

横浜・栄区の傷害:地裁、父親に有罪判決 乳幼児揺さぶられ症候群、危険性の認知度低く 国が啓発活動 /神奈川」(毎日新聞)
 「揺さぶられっ子症候群」「乳児揺さぶり症候群」とも呼ばれる「疾病」ですが、簡単に言えば限度を超えて子供の頭をがくがくさせると脳に損傷が起きる、というものです。私がこの現象について知ったのは20世紀の末頃だったと記憶していますが、それを知らないときでも「首が据わっていない赤ちゃんは、とにかく頭をがくんとさせないように抱く人間は十分気をつける」ことは“日本の常識”として知っていました。で、「非常識な行為」にもちゃんと名前がつけられるんだな、と虚を突かれた思いでしたっけ。
 なお、2002年からは母子手帳にも過度の揺さぶりの危険性についての記載がなされ、母親学級でもちゃんと教えられているそうです。マスコミでもときどきこのことを言っていますね。

>>西川被告は公判で「揺さぶりの危険性を知らず、こんな大事になるとは思わなかった」と述べた

 ということは、被告は“日本の(古い)常識”とは無縁で、さらに21世紀の知識も知らなかった、ということになります。こんな人が「親」になって、良いんです?

 

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