転がるイシあたま

医療系の雑談ブログです

夜は千の目を持っている

 はるか彼方からはるばる旅をしてきた遠い遠い星の光は、私の網膜に到達した後、どうなるのでしょう。あっさり消滅するのでしょうか。しかし、そのために何光年も旅をすることがその光子の“目的”だったというのでしょうか。


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読書感想『ついてきなぁ! 失われた「匠のワザ」で設計トラブルを撲滅する!』

書誌情報『ついてきなぁ! 失われた「匠のワザ」で設計トラブルを撲滅する! ──設計不良の検出方法と完全対処法』國井良昌 著、 日刊工業新聞社、2010年、2200円(税別)

 もの作りの現場で、あまりに安易な「設計」(「アドリブ設計」とか「だろう設計」と悪口が書かれています)によって不良品・事故・リコールなどが頻発していることに対する“怒りの書”です。大工の棟梁が「べらんめぇ」と案内してくれて楽しくすいすい読めます。

 あくまで主題は「もの作り」なのですが、医療安全講習会で習ったFMEA(故障モード影響解析)や俗称「魚の骨」が出てきて、なんだかとても理解しやすい気になってしまいました。
 特に私が興味深かったのは「トータルコストデザイン」です。部品のコストを削りすぎると、製品の信頼性が低下します。それは結局保守コストを押し上げ、部品コストと保守コストをプラスした「トータルコスト」が(信頼性が下がるにつれて)上昇しますが、その上昇分は部品コストを削った分を上回ります。では信頼性を100%にしたらどうかといえば、その場合には保守コストはゼロになりますが部品コストがとんでもなく高いものになります。著者のおすすめは「90%の信頼性」。そこが「トータルコスト」が最小になる地点だそうです。つまり「100%の信頼性を求めない」「部品コストの削減のみを求めない」ことがこの考え方の前提です。
 そこで医療のことを私は思います。
 医療コストを削減することしか頭にない人は、それによって「“製品”の信頼性」が低下することと「トータルコスト」がかえって上昇する(もし上昇しないとしたら、誰かがただ働きをさせられているか過重労働で疲弊している)ことから目を逸らしているのではないかな、と。

 本書の主題は「設計トラブル(とその対処法)」です。自分たちの企業が消費者にどのようなものを提供したいのかが明確な設計思想が盛り込まれた設計書を欠いた企業が日本には多く、それが製品になったときにトラブルを引きおこす、と。その一例が「優先順位をつけず、盛り込めるだけの機能を盛り込んでしまったための部品同士の不適合(コンフリクト、思わぬ不具合の発生、保守の異様な困難さ)」(その他にも興味深い指摘がたくさんありますが、詳しくは本書をどうぞ)。
 そこでまた医療について私は思います。
 もしも「日本の医療制度の設計書」を一から作れるとしたら、優先順位はどのように付けるべきでしょうか。もちろん取り上げたい要素はいくつもあるでしょう。
 診療の質(技術の高さや信頼性)・安全性・先進性・患者の快適性・患者の満足度・受診アクセスの容易さ・医療費・耐久性・地域や医者によるばらつきの少なさ・医者の愛想のよさ・情報公開・持続可能性……まだまだ上げられるでしょうが、さて、どれを一位にします?  二位は?  それをきちんと選んで、それ以外の要素は「二の次」にする必要があります。すべてを「一位」にするのは非現実的ですし、本書でさんざん悪口を言われている、設計思想を欠いたやっつけ仕事のいい加減な設計にしかなりません。(「何でも全部一番!」を望むのは、非現実的な態度です)

 新規設計ではなくて、「設計変更」という手もあります。現状を大事にして、問題点を潰すやり方ですが、本書では「設計変更」は二種類しかない、と論じられます。
1)4つの対策思想(フールプルーフ設計思想/セーフライフ設計思想/フェールセーフ設計思想/ダメージトレランス設計思想)を駆使してトラブルに完全な対策をする。
2)レベルダウン法を用いて、トラブルは再発するがそのレベルをダウンさせる。

 なかなか強烈で明快です。
 では日本の医療は……さて、新造するにしても修正するにしても、日本の医療制度で基本思想が明確な「設計書」がどこかにありましたっけ?  お役人が大好きな技術仕様書と使用マニュアルは腐るほどありますが。


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同じ話

 年を取ったことの証拠の一つが「同じ話を何回もすること」です。私は若い頃に年長の人が毎晩まったく同じ話をするのに付き合っていた時代がありますが、今は私がほかの人に同じ思いをさせているのではないか、とちょっと気になります。「この話は以前にもしたことがあるはずだが、そのとき目の前にいたのは誰と誰だったっけ?」と思ってすぐにその時の情景が脳裡に浮かんでこないことが多くなっているのですよ。記憶力の劣化は困ったものです。
 ただ、口話の場合は“物的証拠”がないから直接聞いた人以外には“被害”もなければ話した側の“恥”もないのですが、文字の場合にはしっかり“証拠”が残るんですよねえ。ブログの場合文字で公表しているわけで、うっかり「同じ話」を書いてしまうと、全世界に“恥”をさらしてしまうことになります。
 このブログではなるべくネタがかぶらないように気をつけていますし、同じネタを使う場合にはそれを明記するようにしていますが、さて、それでも大丈夫なのかなあ。
 実は最近「これは面白いネタだ」と思って記事を書き上げて、投稿する前にそれでも、と検索をかけてみたら、ほとんど同じ内容の(約75%くらいがダブっている)記事をすでに投稿していたではありませんか。
 もしこれが落語だったら「同じ話」でもOKなんですけどね。おっと、落語家の人からは「毎回、真剣勝負をしているんだ。テープレコーダーが“同じ話”をしているわけじゃない」と言われてしまいそうですけれど。
 あるいはこれが論文だったら「25%は独自の新しいもの(ノイエス)だ」とでも言えるのですが、ブログの場合にはただのネタの使い回しですからねえ。それでも「念のために」と思って検索をしたからよかったのですが、調べもせずに「これは初めて書いた」と確信を持って投稿をしていたら、ただのチョンボになるところでした。

※確信は、嘘よりも危険な真理の敵である。(ニーチェ)

 もし「転がるイシあたま」で似たような話を何回か読まされても、寛容な読者の皆さんが「たとえ同じ話でも、面白い話は何回読んでも面白い」と言ってくださるのだったら幸いなのですが……

 ……まさか「同じ話」というネタを以前に書いたことはないですよね?


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大丈夫?

 私は学生時代に「小児の川崎病は、基本的に良性の疾患(ばたばた死んだり重大な後遺症を残したりしない)」と習いました(習った覚えがあります)。ところが卒業して小児科でうろうろしていたら「実は川崎病で冠動脈に後遺症が」と。
 同様に内科の授業で「IgA腎症は良性の疾患」とも習いました。ところが卒業して内科をうろうろしていたら「けっこうな率で、この病気は慢性腎炎になる」と。
 話が違うじゃないか心配のない病気と覚えちゃったじゃないか、と私は一人ぶつぶつ言いました。
 「一過性脳虚血発作(TIA)は、24時間以内に麻痺などは消える」とも習いましたっけ。ただしそれに続けて「本格的な脳梗塞の前触れであることが多いから、症状が消えたから大丈夫と思ってはいけない」とも。こちらの方はずっと気をつけていますが、患者さんの方が「症状が消えたから、もう大丈夫」と、あまり気をつけてくれないのが困りものです。


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1枚だけプリント

 「まだやってなかったのか」とあきれられるかもしれませんが、やっと来年用の年賀状が準備できました。
 私は1980年代〜90年代前半にはもっぱらプリントゴッコを使って年賀状を作成していました。80年代半ばに一度ワープロ専用機を試したことがありますが、これはマシンがあまりに力不足で時期尚早でした。今はパソコンで作成していますが、これも、裏面だけパソコンで作って表は手書き(出したかどうかの履歴は、手書きの住所録カードにチェックを入れる)、の時代を経て今は表も裏もパソコンで作成し、履歴管理もパソコンまかせです。機械任せで楽をすることでなんだかどんどん自分が馬鹿になってきているような気がします。
 今回、一応できあがったと思ってチェックをしてみると、なんとも器用なことに1枚だけ裏面に表の印刷をしたのが混じっていました。葉書はちゃんと揃えてプリンターに入れたはずなのに、裏のプリントがすんで表に切り替えるときにどうやってか上手くその一枚だけひっくり返ったようです。それを一枚だけ印刷し直して、さてマシンのお仕事は終了と電源を落としたら、引っ越しの住所変更を反映していないものを一件発見。「なんで今頃になって」とぶつぶつ言いながら、マシンをまた起動し、年賀状ソフトを立ち上げ、住所録ファイルを開き印刷モードを選択し……そこで気づきました。予備のために裏だけ印刷して表が白紙の葉書に、宛先を手書きした方がよほど早かったじゃないか、と。まあ、住所録の変更はどちらにしてもやる必要があるので、まるっきり無駄な作業ではなかったのですが……私はやはりどんどん馬鹿になってきているようです。

 しかし、電子カルテだと、こんな作業が日常茶飯事になるのでしょうね。何か小さな変更があるたびに、あれを起動してこれを立ち上げてそれを操作してチェックを一つ入れたらやっとおしまい、とか。ああ、なんて素晴らしい未来世紀。


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文字通り(79)腹を

「痛くもない腹を探られる」……麻酔がちゃんとかかっている
「腹を痛める」……ふつうは内科か外科の出番で次が泌尿器科か整形外科か産婦人科
「腹をくくる」……消化不良になる
「腹を下す」……腹からの上意である
「腹をこしらえる」……次は腰を作ろう
「腹を切る」……「メス!」「ガーゼ!」
「自腹を切る」……ブラックジャック式
「腹を割って話す」……切るより荒っぽい
「腹を決める」……どの腹にしようかな
「腹を読む」……ヘソのゴマがモールス信号になっている
「腹を抱える」……ちょっと冷えたかも
「腹を探る」……くすぐったい
「腹を立てる」……さっきまで横になっていた
「腹を肥やす」……腹腔内自然農法
「腹を固める」……セメントを飲む


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文字通り(78)腹が

「腹が太い」……メタボ
「腹が決まる」……こんどは太い腹で行ってみよう
「腹が黒い」……人は見かけによらない
「腹が減る」……別腹が失われていく
「腹が空く」……内臓密度が減少する
「腹が立つ」……さっきまでそこに坐っていたのに
「腹が据わる」……さっきまでそこに立っていたのに


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もういくつ寝ると

 江戸時代後期、蘭学者たちは「オランダ正月」と称して、西洋式のグレゴリオ暦で正月を祝いました。当時の人たちは「立春のかわりに冬至を祝うのか?」とか不思議に思ったかもしれません。
 昔のことはともかく、今の日本ではもうすぐお正月。病棟では正月外泊を楽しみにしている人たちが、そわそわし始めています。問題は諸般の事情で外泊ができない人たち。私はそういった人の中で言える人には「来年は、旧正月で動いてください」と言っています(明らかに旧正月を知らない人や旧正月でも外泊できそうもない人は除きます)。
 正月がめでたいこと自体には、新旧で差はないですよね?


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大掃除

 年末になってばたばたと年賀状の準備をしたり大掃除をしたりしています(現在進行形)。
 家の外回りを洗うのは天気がよい日にすませておいたら長男が帰省してきたので大きな窓ガラスなどはまかせて、昨日は私はトイレをきっちり掃除することにしました。わが家はプチ贅沢としてトイレに男性用の小便器を設置しましたが、大便器の方で小便をする男性もいます。それで気になるのがハネです。狙いが外れて便器の外に跳ねることもありますが、狙いが外れなくても水面に激突した液体が飛沫となって飛び散って周辺に付着、乾燥して着色や悪臭の原因となっています(このことを私はマイミクのTさんに教わって改めて認識しました)。
 まずは蓋と便座をはずし、脱臭用のフィルターを引き抜きます。で、おもむろに大きいところや細かいところをごしごしと、なのですが、この掃除をするたびに私は不思議に思います。この便器の設計者、ご自分でこの便器の掃除をしたことがあるのだろうか、と。見えるところは非常にきれいにできているのですが、死角になっているところ(特にハネがよくかかるところ)が妙に細かく入り組んだ構造となっているのです。デザイン的には異論があるかもしれませんが、メンテナンスをするユーザーの立場からは、掃除しづらい細かい構造は見えるところに、見えにくい所こそきれいなつるんとした構造にしておいてくれたら掃除が非常に楽なんですけどねえ。
 そうそう、窓ガラスの掃除ももうちょっとラクにできないかなあ。特に二階の窓は身を乗り出して外側を洗ったり拭いたりするのが年を取るにつれて段々怖くなってきています。体が使えない場合にはお金で片を付けるべきなのでしょうが、各家庭にそれぞれの事情があるのです。


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死語(123)過敏性大腸症候群

 現在「過敏性腸症候群 Irritable Bowel Syndrome 略称IBS」と呼ばれている病気は、かつては「過敏性大腸症候群 Irritable Colon Syndrome 略称ICS」でした。日本語で見ると「大」の字があるかどうか、略称だと「B」か「C」か、だけの違いですが、「名は体を表す」で、中身(疾患概念)はけっこう違います。
 現在コマーシャルなどでけっこう「IBS」が登場するので、この病気に対する認知は進んでいるとは思いますが、まだけっこう無理解な言動も散見します。
 一番わかりやすいのは、ちょっとしたこと(緊張、ストレス、腹の冷えなど)ですぐに下痢になってしまう人でしょう。通勤経路のすべての駅のトイレの位置を把握している(どこでお腹が騒いでもすぐに駆け込める)という人がおられます。たとえるなら「腸のアクセル」がすぐ全開になって腸が暴走してしまう、と言ったらいいかな。
 アクセルとブレーキが同時に全開になって、下痢になったり便秘になったりのタイプもありますし、大量の粘液を排泄するタイプもあります。
 私は学生時代には「過敏性大腸(症)Irritable Colon」という病名で習いました。タイプは「下痢型」「便秘型」「混合型」だったと記憶していますが、あまり詳しくは授業では触れられませんでした。個人にとってはけっこう深刻な問題ですが、医学のメインストリームからは外れた存在だったのでしょう。

 もともと胃腸の動きは、けっこうきわどいバランスの上にあります。消化活動には腸管の運動と吸収した栄養の運搬に大量の血液が必要ですが、実は人体の血液はすべての器官がフル活動するためには量が不足気味のため、消化管はふだんから筋肉や皮膚などと血液を奪い合っている状態です(脳は別格で最優先で血液が配給されます)。また、腸の動きも、消化吸収のためにはゆるやかな方が望ましいでしょうが、内容物の運搬のためにはぐっと頑張って肛門側に押し出さなければなりません。緊張と弛緩を適度にリズミカルに繰り返す必要があるのです。そこにストレスとかなんらかのバランスの乱れがあったら、「腸の働き」は容易に乱れてしまいます。
 今はいろいろ良い薬もありますが、基本は「養生」だと私は考えています。過食や過飲をしない、食事の内容のバランスにも気をつける、よく噛む、交感神経を異常に興奮させない、などかな。「腹も身のうち」なのですから。


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